紅く染まる蒼

政宗の愛馬が森を駆ける音が闇に響く。

佐助は木の上を飛んで移動していると言うのに、物音ひとつ立てていなかった。

忍とはこう言うものなのかと政宗が感心していたその時、佐助の足が止まった。

「何だ、着いたのか?」

「・・・血の臭いがする。旦那が危ないかも」

鋭く研ぎ澄まされた佐助の嗅覚が、微かな血の臭いを嗅ぎ取った。

「急ぐぞ、猿飛佐助!」

「言われなくても!」

二人が急ぎ駆けて行くと、森が少しひらけた所に真田幸村が立っていた。

「旦那!」

佐助が幸村に駆け寄る。

「あぁ無事で良かった。俺様一瞬ヒヤリとしちゃったよー」

「突然背後から奇襲されたのだ。だがおかげで誰が黒幕かわかったぞ!」

「あ、そうそう。竜の旦那をお連れしましたよ・・・って竜の旦那、そんな端っこで突っ立ってどうしたの?」

政宗は木を背にし、幸村たちと最大限取れる距離を取って、幸村の足元を凝視していた。

その視線の先には、すでに事切れ肉塊と化した敵の間者数人。

それらからあふれ出る、紅。紅。紅。

何かを感じ取った幸村は、佐助に再び指示を出しこの場から立ち去らせた。

「佐助、敵の動向を探ってきてほしい。黒幕は豊臣秀吉殿、もしくは軍師・竹中半兵衛殿の戦略と見えた。片倉殿にも情報を流すようにな」

「了ー解。夜明けまでには戻りますよっと」

佐助は再び、漆黒の森の中に消えていった。

 

相変わらず、政宗は一点を見つめていた。

政宗が何を見ているか気が付いた幸村は、後方にあった赤い家紋入りの陣幕を一枚外し、それらにかけた。

「・・・死体を横に置いて話すのは気分が良いものではござらんな」

赤い幕に、じわりじわりと紅いシミがひろがっていく。

「紅い・・・」

ぼそりと政宗がつぶやいた。

「政宗殿・・・」

幸村が近づこうと一歩踏み出した、その時。

「来るな!!」

ピタリと幸村の歩みが止まる。

「今のお前を見ていると吐き気がする・・・」

「政宗殿、貴殿とて某と同じこの戦乱の世を生きる武士(もののふ)なれば、生き残るために他人を殺める事もござろう」

幸村は自分の二本の槍を拾い上げ、政宗に向かって構えた。

びくり、と政宗の肩が動く。

「―――今、某の両肩には甲斐に住まう全ての者の命が乗っている。この二槍には、守るべき主君・お館様の命が乗っている」

二槍を地面へ突き刺す幸村。

「政宗殿、貴殿と某の何が違うと言うのでござるか!?貴殿は奥州筆頭!!その手を紅に染めてでも護らねばならぬものがござろう!!」

自分の両手を見る政宗。

手のひらの中に、小十郎や部下達、奥州に住む民の顔が次々と浮かんだ。

「護らなきゃならねぇ・・・この手が、この身体が・・・紅く染まろうとも・・・!!」

きつく拳を握り締め、政宗は呟いた。

そっと近づいてきた幸村が、政宗の拳を優しく解いた。

「手を、よく見てくだされ。強く握ったゆえに赤いでござろう?政宗殿の中にも、紅き武士の血が巡っておられる」

「紅い・・・血が・・・。・・・!?」

政宗の手を取った幸村は、その手にそっと口付けを落とした。

顔を赤らめ戸惑う政宗をよそに、幸村は優しく政宗を抱き寄せた。

「申し訳ござらん、政宗殿・・・某どうしても貴殿にお伝え申したい事があるのでござる」

必死に幸村を振り解こうともがく政宗であったが、幸村の力に勝てず息を切らしながら幸村の顔を睨み付けた。

「何だよ、言ってみろ!ただしくだらねぇ事だったらぶっ飛ば・・・」

幸村は泣きそうな顔をして、政宗の肩に頭を乗せて呟いた。

「某、政宗殿に惚れてしまったようなのでござる・・・///」

「Ha!?テメェ何言って・・・」

微かに震えている幸村に気づき、政宗は怒鳴るのをやめた。

「・・・某、怖かったのでござる・・・」

「な、何がだよ」

「次に会い見(まみ)える時、政宗殿は無事に元気でいてくれるだろうかと・・・」

「俺はそんな簡単に死んだりしねぇよ」

「それだけではござらん。今回の宣戦布告、敵の策とて政宗殿が某の言い分を信じてくださるだろうかと・・・ま、政宗殿に・・・嫌われはしないかと・・・戦々恐々だったのでござるよ」

「真田幸村・・・」

幸村は顔を上げると、政宗の頬に軽く口付けた。

「やっと某の名前を呼んでくれたでござるな。して、返答は・・・」

聞くまでもなく、政宗の顔が紅く染まっているのが全てを物語っていた。

 

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