血だ。
目の前の何もかもを紅く染めていく、鮮やかな紅い色。
何人もの人間を斬った返り血で、紅く染まる蒼い戦装束。
時間が経つたびにどんどんどす黒く変色していく様は、人を斬る事に慣れた自分を見ているようだ。
「政宗様、戦装束でございます」
真田幸村との合戦を控え、慌しく進軍の準備を整える伊達軍。
政宗の右眼・小十郎が差し出したのは、政宗がいつも合戦の際に着用する蒼い羽織である。
「Thanks.小十郎。・・・ん?なんだかやけに新しく見えるな」
「前のものは返り血が落ちませんでしたので、新しいものを用意させました」
「返り血が・・・そうか」
小十郎から羽織を受け取り、身支度を整える政宗。
(・・・返り血なんて、今までまともに浴びる事はなかったな)
それまで、政宗は戦の前線に出る事はあまりなかった。
参謀や小十郎と共に軍議を重ね、しっかりとした陣を組み戦を優位に進めてきたため、政宗は奥の陣で戦況の報告を聞き指示を出す事が主になっていた。
しかし前回の戦はそうは行かず、大将である政宗自らも最前線で戦わざるを得なかったのだ。
一体、何人の人間を斬ったのやら思い出すことができない。
覚えているのは、目の前がどんどん紅くなっていった事だけ。
気が付けば自分の周囲には誰一人として生きてる人間はいなかった。
足元に転がる紅く染まった屍の山と、返り血を浴びて紅く染まった自分。
その時、政宗の元に駆けつけた小十郎に、頬に血を滴らせた政宗は笑ってみせた。
『小十郎、俺はまだ人間か?』
伊達軍が進軍を始めてから五日が経った。
森の中で野営をしている政宗の元に、真田幸村直属の忍・猿飛佐助が現れた。
佐助は伊達軍兵士の格好をし、誰にも怪しまれる事なく政宗に近づいたのである。
「竜の旦那、警戒しないでくれ。あんたの寝首を掻こうって訳じゃあない」
「Ha!なら何故ここにいる?敵のど真ん中で敵情視察か?」
「まーそーカリカリしなさんなって。真田の旦那から言伝を預かってる」
「真田幸村から?」
この二人は面識があり、お互いに認め合うライバルでもある。
友情とはまた少し違った、微妙に親交のある不思議な関係なのである。
その幸村からの言伝に、政宗は素直に耳を傾けた。
『此度の宣戦布告、某のあずかり知らぬ所なり。事の子細をお伝えしたい、お目通り願えまいか』
「旦那は宣戦布告なんてしてないんだ。おそらく伊達・武田両軍を一度に潰そうと狙っている誰かの仕業に違いない」
佐助は両腕を組むと、大きなため息をついた。
「そこで、黒幕をおびき出すために竜の旦那と手を組んで、一芝居打ちたいと言っているんだよねー」
誰かが仕組んだ罠にかかる、なんて間の抜けた事をしたくない政宗は、幸村と共闘する事を選んだ。
小十郎を呼び、自分の影武者として陣に留まるように言いつける。
「・・・話はわかりました。真田が政宗様を闇討ちにするなどと言う卑劣な真似は致しますまい。こちらは小十郎におまかせくださいませ」
「じゃあ、行ってくる。留守を頼んだぞ」
暗闇で足元もおぼつかない中、木の上にひらりと飛び乗った佐助の案内で政宗は幸村の元へと向かった。
森の中を移動していると、近くに小川が流れていた。
走り始めて時間も経っており、政宗は愛馬に水を飲ませたい、と佐助を呼び止めた。
「竜の旦那、こんなに簡単について来て良かったの?」
枝の上に腰掛けた佐助が、足をぶらつかせながら聞いてきた。
「小十郎も言ってたろ、真田幸村はそんな卑怯な事はしねぇ。俺にはわかんだよ」
次の瞬間、ヒュっと微かな音を立て、佐助は政宗の喉元にクナイを突き立てた。
「・・・何のつもりだ」
「真田の旦那の命じゃなく、俺様個人が自分の意志で動いているとしたら?」
ひやりとしたクナイが、政宗の首に押し当てられる。
「ハハッ!」
「何がおかしい!?」
「ほかの忍がどうかは知らねぇが、お前はそんな事はしねぇ。真田幸村の忍だからな」
「!」
政宗がそう言い放つと、一瞬目を丸くした佐助は政宗の目を見てニヤリと笑った。
「いやー、竜の旦那には敵わないねぇ。よっぽど認めてくれちゃってるのね、うちの旦那の事を」
「あったり前だろ、この俺のライバルなんだからな、アイツは」
佐助は、嬉しそうな、それでいて悲しそうな複雑な表情をしていた。
「・・・旦那の事、よろしく頼むよ」
ポツリとそうつぶやくと、何の事かと聞こうとした政宗の声をさえぎり、政宗を急かした。
「どういう意味っ・・・「ホラホラ、この調子だと朝になっちゃうよ!竜の旦那、急いで急いで!」
「あぁ、そうだったな・・・っつーか、時間喰ったのはお前のせいじゃねーか!」
「細かい事は気にしない♪はいこっちこっち!」
佐助に導かれ、政宗は幸村の元へと急いだ。